ひさしぶりのクラス会

 「同窓会を知らなかった俺」
 http://run.at.webry.info/200608/article_3.html
 のお話の続きです。

 先日、ひさしぶりに小学校時代のクラス会があった。僕の小学校はいなかの小学校で1クラスしかなくって、小学校6年間ずっと同じ仲間だったので仲がいい。卒業してからも付き合いがある仲間が多い。

 クラス会は僕らが23歳の時に一度やった。その時は俺が幹事だったのだが、今回もまた俺が幹事。なんでひきうけちゃうのだろうーと少し思うが、みんなの居場所とか一番知ってるのが俺だとかみんなが言うので、結局引き受けたりする。刷りにくい往復ハガキをセコセコ印刷し、みんなに出した。

 それで、前のクラス会から12年ぶりだったわけだが、先生はもう73歳と76歳だった。もうすっかりおじいちゃん、おばあちゃんになっていた。ひさしぶりに会った先生は、すごく感激していた。「みんなからエネルギーわけてもらった」と。

 76歳の中村先生は、今でも僕が小学校1年生の時に演じた「浦島太郎」のことをほめてくれた。僕も当時の「浦島太郎」のことは思い出が深く、今でも誰がどんな役をやったかまで薄らげに憶えていたりする。
 中村先生は、「今こわい時代だから、言葉とか愛とか大事にしたい」と言っていた。そういえば、妻と僕は会話をする努力もしてなくって、妻が一生懸命僕とコミュニケーションをとろうとするのだが、頭の中はガンプラとかのことばかりで聞いてない時があって、ふとコミュニケーションをとろうとしていないことを家族に申し訳なく思ったりした。
 73歳の竹下先生からは、怒られたというか、こわい先生だった印象があるが、すっかりおじいちゃんになっていた。「ありがとう、ありがとう」を繰り返していた。帰りぎわにギュッと堅い握手をした手から人生の重みを感じた。

 仲間同士で誰がチョコレート一番多くもらったとか話したりして楽しかったりする。どうやら俺は小学校5年生が人生のピークだったらしい(笑)。

 なんでクラス会なんて面倒なことでも引き受けたかというと、今俺ができるならやろう、と思った。次に先生や仲間と会えるかどうかなんてわからないけど、会える時に会いたい人と会えるというのは幸せなことだと思う。

 クラス会の中で話題には出なかったが、メンバーの何人かは家庭的な問題で出られないのかもしれない。何人かは病気で寝たきりで歩くこともできないのかもしれない。明日健康である保障はどこにもなく、明日どうなるかは誰にも予想がつかない。だから、私は、今できることをやろうと思い、日々を送っている。

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この記事へのコメント

たーちゃん
2007年02月10日 01:08
クラス会の記事拝見しました。僕も小学生の6年のときのクラス会で幹事をしました。大変だったけど、楽しかったなぁ。8割集まってくれて。それから3年経ちますが、みんな事情も変わっているんだろうなと勝手に推測。
でもいつかまたやりたいと思ってたりします。前回は先生も、みんなもすごく喜んでくれたしね。

コミュニケーションは僕もいたいです。しっかり家族ともコミュニケーションとらねば・・・。
2007年02月13日 20:21
たーちゃん>8割はすごい参集率ですね!今回は半分だったのですが、やっぱりこういうのって段々減っていくんですよね。
 モデラーとのコミュニケーション、家族とのコミュニケーション、職場でのコミュニケーション、気を回すところがいろいろあるかもしれませんが、やっぱり家族ありきかもしれません。私もなんかあれば家族の顔が思い浮かびます。まぁ、細く永くやっていきましょう。

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