「ゴーダンナー」と「娘の涙」

 先日、こんなことがあった。

■「ゴーダンナー」と「娘の涙」

 僕の携帯電話の着メロは「神魂合体ゴーダンナー」なので、その曲がながれると長女は、「あっ、ゴーダンナー」と言ってくれる。そんな感じで娘が「ゴーダンナーみたいなー」とかいうので、ゴーダンナーの1巻と2巻をレンタルして二人で見ることになった。

 娘はあぐらをかいた僕のひざの間におさまりゴーダンナーを見ていた。娘のくせは「親指をしゃぶること」なので、よく妻は注意している。僕はそれほど気にもとめていなかったが、ゴーダンナーを見ている時もしゃぶっていたので、「やめなさい」と言って、娘の両手をクロスさせて、両腕をしっかりおさえながらゴーダンナーを見ることにした。娘が手をふりほどいて指しゃぶりしようとするので、「駄目」とおさえながら見ていた。

 ゴーダンナーは熱いロボットアニメで「ハァァートォ、ブレイカァァ!」「ソォール、ブレイカァァ!」とか叫ぶのを、楽しく(僕は)見ていた。僕は夢中になってみていた。娘も静かに見ていた(と思っていた)。

 ふと、腕にポツリ、ポツリと水滴が。娘がよだれを垂れながら見ていたと思った。「指しゃぶりしなくてもよだれが垂れるのかー」と思いつつ、さらにテレビ画面を見ていた。子供の顔は見なかった。

 さらに物語がすすんだところで、「しくしく」という声が聞こえた。娘を見たら泣いていた。「はなみず拭こうとしたら、パパが手を離してくれなかったのー」と大声でなきじゃくっていた。

 僕はショックだった。娘のため、と思いながら、両腕を押さえていたのだが、それは実は俺がゴーダンナーに夢中になっていて、娘の「思い」が届いていなかった。娘の泣く顔を見てなかった。

■娘の声、家族の声は聞こえているか?

 いつか娘は成長するだろう。その時に、俺は仕事や趣味に夢中になって、娘の心の声が聞こえなくなっているかもしれない。「娘のため」と思っていても、それは間接的に自分のためのことを考えてはしないだろうか。いつまで娘の言葉、娘の言葉が耳にはいってくるだろうか。

 趣味、プラモデル、マラソン、ジオラマ、スーパーヒーロー・・・家族のことを考えるより、そんなことを楽しんでばかり、というかそういうことは楽しいのだが、ちゃんと家族の声は聞こえているのだろうか・・・・・

 妻は家族のことをいつも大事に考えてくれる。僕はそういうところをすばらしいと思い結婚した。しかし、妻は僕の「ちょっとかわってるところ」が面白いと思って結婚してくれた。夫婦はいつもまで、一緒に仲良くいれるだろうか?

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